日本語から、人を育み、平和を育む。
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ホストファミリーネットワーク

これまで9年間の「日本語サミット(ジュニアサミット)」でパネリストがお世話になったホストファミリーはすでに283家庭*となっており、「日本語サミット」をはじめとするJRP活動を支えていただいている強力なサポーターです。(*2010年9月時点)

JRPでは、今後の「日本語サミット」や諸プログラムにおいても、ホストファミリーとしてご協力頂けるご家庭に「JRPホストファミリーネットワーク」にご参加いただき今後も経験豊かで愛情あふれるホストファミリーとしてご活躍いただきたいと思っております。よろしくお願い申し上げます。

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今後も、ぜひホストファミリーとしてご協力いただきたいと思っております。また、これからご協力いただくホストファミリーの方々にぜひネットワークにお入りいただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
登録をご希望のご家族は、下記の応募フォームよりご応募頂くか、直接JRP事務局までご一報ください。どうぞよろしくお願いいたします。



ホストファミリーをお引き受けいただいた皆様よりのご感想・メッセージ

福岡ホストファミリーMさん【2010年イラクのアリ、スロヴァキアのミハル受け入れ】

アリとミハルを迎えて

 JRPのホストファミリーを引き受けるのは、2006年のビショーイ、2009年のアジズとルスタムに続きこれで3度目でしたので、あまり不安はなく、今回はどんな子たちに会えるのだろう!と、とても楽しみにしていました。
ただ、これまでと違っていたのは、ホストブラザーである息子が大学進学のため家を離れ、夫婦2人と犬1匹だけでの受け入れになったことです。すっかり静かになってしまった我が家を、アリとミハルは一気に賑やかにしてくれ、まるでお互いに以前から知っていたかのようにすんなりと、あっという間に何でも言い合える家族の一員になりました。
 日本に2度の留学経験があり、日本人以上に日本通で流暢な日本語を話すムードメーカーの明るいミハルと、一生懸命言葉を選びながら丁寧な日本語を話し、さりげなく優しい気配りをしてくれる穏やかなアリ、好対照な2人でしたが、共通するのは、日本語サミットに対する真剣な思いと、臆せず誰とでもすぐに打ち解けられること、どんな場面でも相手の立場になって物事を考えられ自分の意見もきちんと言えること、それに、礼儀正しく、感謝や感動の言葉を素直に伝えてくれることでした。
これは、これまで会ったJRPのどのパネリストたちにも言えることで、彼らの日本語能力もさることながら、このような一生懸命さと柔軟な心を持った子たちだからこそ、このプログラムに選ばれ、民族や国境を越えて平和について語り合えるのだろうと思いました。
日本語サミットは、いつも身内のような気分でどきどきしながら観ていますが、毎回、感動し、勉強になり、自分や日本の国のことを振りかえるいい機会になっています。本当に意義のあるすばらしいプログラムなので、これからもずっと続けてほしいし、私たち家族も、この経験を周りに伝え、出来る限りJRPの活動を応援していきたいと思います。
今の何よりの楽しみは、私達をお父さん、お母さんと呼んでくれる、世界のあちこちにいる息子たちと時々メールでやり取りすることです。ホームステイ中は、かなり慌しかったので、今度福岡に帰って来た時は、もう少しのんびり過ごしてほしいと思っています。心の中にいつも彼らはいますし、いつか必ず再会できると信じています。

長崎ホストファミリーHさん【2010年アメリカのブレイン受け入れ】

末長く付き合えるホームスティへ

 ホームスティの果たす役割目的の一つは、日本を好きになってもらうこと、日本のファンを増やすことだと思うが、JRP のメンバーに関しては、すでにこの目的はほぼ達成されている人物が選抜されていると思っておりましたから、引き受けるのも、他のホームスティよりも気楽でした。
ホームスティを引き受ける際の少しの不安と緊張感は今度来る人はどのような人なのだろうということですが、JRP参加 のメンバーは、初対面で予想通り各国を代表するような優秀な人たちだと感じました。日本語がこれほどうまい外国人、日本通の外国人がいるのだろうかと安心したのが第一印象です。相当な勉強といかに日本に愛着を持っているかがわかり、すぐに打ち解け、あっという間の夢のような楽しい1週間だった。日本で流行している最新の歌もカラオケで歌えるし、日本食は納豆、漬物以外は何でもうまいと言うし、箸の使い方もよかった。たいへんな努力をしてきたのだろうと思いつつ、彼らから日本人が学ぶべきことは多いと思いました。シャイなブレインをリラックスさせなければと思いながら、本人の希望も聞きながらハードなスケジュールで行動しました。10月、テレビで放送された日本語サミットを見ましたが、日本語のうまいこと、発言内容に感銘を受けました。
卒業後は日本で働きたい、日本と自国と架け橋となる仕事がしたいと熱く語る態度を見ると、最近、日本人は海外で学ぶ若者が大幅に減っているという現実と比べ、夢と希望を持つかどうかが本人の意欲・情熱・努力に係わってくると思いました。後日、ホームスティを引き受けられたホストファミリーの方と交流会を開催しました。「とにかく自分が愉しむことが大切」「お金をかけずに普段通りに接すること」「無理をせず、できる範囲で受け入れることが長く続く秘訣です」「受け入れる側も緊張しますが、一番緊張しているのは外国人です」などホストファミリーの心構えとして貴重な意見、アドバイスがあり、ホストファミリーを何とかして増加させたいと思いました。ホストファミリーを引き受けるまでは、「日本語から、人を育み、平和を育む」「日本と当該国との関係強化、平和な社会を構築する」というJRPの活動があることすら知りませんでしたが、ぜひ、今後もこのような活動を多くの地方都市で開催してもらいたいと思いました。また、期間は1週間ですが、実りのある安心して引き受けられるホームスティのプログラムです。今後もぜひ引き受けさせていただきたいと思います。

東京ホストファミリーYさん【2010年エルサルバドルのナンシー受け入れ】

ホストファミリーを引き受けて

 ナンシーと過ごした9日間は、短くも楽しい日々でした。
2人の娘たちには、ナンシーは頼りになる優しいお姉さんという存在のようでした。学校のこと、J-popやサッカーの話などして盛り上がっていました。私は、ナンシーをもう一人の娘というより大人として対等に話をしました。
彼女のおかげで遠いと思っていたエルサルバドルが、とても近しく感じられるようになりました。
 滞在中、自国(エルサルバドル)の料理を2つ作って披露してくれました。
トルティーヤとオムレツ料理です。美味しかったことは言うまでもありませんが、作る手際の良さに驚きました。訊ねると、彼女の生活の中で、料理や掃除は当然だと言います。仕事と大学の勉強、そして身の回りのことを当たり前のようにこなす姿勢に頭が下がりましたし、そのパワーに刺激を受けました。
 さて、お寿司を食べに出かけた日のことです。
電車を降りて、階段を上っていると、私の横からナンシーが消えました。そして、数段下から彼女の声が聞こえました。「大丈夫ですか?お手伝いしましょうか?」階段の手すりをつかまりながら上っているお年寄りにナンシーが掛けた言葉です。
そして、お寿司屋さんに到着。「私は何でも食べられます」と言って、夫が注文したネタをほんとうに美味しそうにパクパクと口に運ぶナンシー。その姿に自然とお店の方や周りのお客さんたちが声を掛けてくださり、和気藹々とした雰囲気が生まれました。
このようにナンシーは、明るく穏やかで、誰とでも話ができる素敵な女性です。
 ホストファミリーをお引き受けするようになって4年が過ぎました。
ナンシーに限らず、毎回お引き受けして感じることは、パネリストの日本語を理解する能力が大変高いことや前向きに取り組む姿勢に驚きます。人として生きる姿勢を教えられているようにも感じております。
このような機会を与えてくださいましたJRPの方々に感謝申し上げますとともに、パネリストのみなさまの益々のご活躍を心から応援しております。

東京ホストファミリーUさん【2010年シリアのマナール、デンマークのレアケ受け入れ】

家族の一員として

 今年は暑い、猛暑です。室内はクーラーがないと30度は越えます。
私はこの夏こまめな洗顔と、パンの製作に挑戦しています。
シリアのマナールから純度の高いオリーブオイルの石鹸を戴きました。
イーストの発酵温度が室温で出来るこのなる、デンマークのレアケから教えてもらった方法でパンも焼けるようになりました。
我が家は、6人家族です。小さいころは家族揃って出かけて、みんなで楽しめることが多々ありましたが、一番下の子供が中学生になった4年前、(大1.高2.高1.中1)子育ても厄介な時期に入っていました。もう家族揃ってのイベントは難しいなあ、と思っていた時、次男が入学した高校でホストファミリー募集の案内を目にしました。
日本語が喋れる20歳前後の子供を受け入れる。ここに居ながら、いつも生活をしながら国際文化の交流。こちらにとっては都合のいい話でした。
食べ盛りの我が子4人に加え一人増えても家事の手間は殆ど変らないのが現実ですし、子供達の刺激になるという気持ちもあって、ホストファミリーを始めてから、延べ8人の留学生との出会いがありました。結果、刺激どころではなく優秀な日本贔屓な留学生に関心、感動、畏敬の気持ちです。そして今更、恥ずかしながら日本をもっと正確に理解しなければならないと切に思います。
今年は福岡で半月は滞在してからの東京都あって、留学生が日本に慣れていたように思えます。当然、私たち家族もJRPの優秀な留学生に慣れていました。
それでも初対面の当日の夕食は迷いますが、塩さばに大根おろし、ひじきと味噌汁。結局は自分達が食べているいつものメニューで出迎えます。
上手にお箸は使いこなし、美味しいと言ってくれると一安心。
たった10日間ですが、衣食住を共にすることで、いつの間にか8人家族、そして上手な日本語での生活の中で異国の生まれであることすら忘れて、過ごすことになっています。
留学生は、日誌に宿題、サミットの原稿と毎日遅くまでやっているにもかかわらず、翌朝は早くから勉強していました。毎年の事ですが、本当に感謝します。
「家族の一員としてお世話になりました、ありがとう」とお花をプレゼントしてくれた心優しいマナール、レアケ。頂いたカードの裏には母国語でのメッセージ。それを毎日眺めては温かい気持ちになっています。またいつでも「ただいま」と帰ってきてくださいね。
家に文化を運んでくれるJRPの協力がこの先一年でも長く続けられるよう平凡な我が家でいたいと思います。今後も宜しくお願いします。

東京ホストファミリーHさん【2009年モロッコのアジズ受け入れ】

アジズのいた17日間

 昨年に引き続き、ホストファミリーをお受けし、今回はどんな方がいらっしゃるのかしらと期待と不安の交錯する中、ラッシュアワーの銀座線から大きな荷物を持って、大きな青年アジズが末広町駅に降りたのは、7月31日の夕方でした。
アジズの国、モロッコは以前から旅行してみたいと思っている国です。せっかくの機会でしたので、17日間、いろいろ聞いてみました。直行便がなく、乗り継ぎも含めると日本まで24時間以上かかったこと、偶然、放映された翌日のTV番組でアジズの友人がモロッコを紹介するなど、若者にとって日本は憧れる国の1つであり、日本語習得熱も高い国であること、直接見聞きするイスラム教の考え方や慣習、そして彼自身の家族のこと、将来のことなど、毎晩、ときには、夜が明けるまでお話していた日もありました。
今年は、オールド・パネリストの招聘プログラムでしたので、その分、日本語も流暢なのかとも思いましたが、「3年間、必死で勉強しました」というだけあり、本人の努力も相当なものだったと思われます。アジズに限らず、今回参加されたパネリストの皆さんが、言語として難しいとされる日本語を、敬語やていねい語と、そうでない言葉を場面によって使い分けたり、書いたりしている姿に、私も日本人として「正しい日本語」について考えさせられました。
また、最初は、異境からやって来た、容姿も考え方も全く異なっていると思っていた青年が、いろいろ話すうちに、ふっと日本人に見えたり、考え方は多少異なる部分もあるけれど、結局は人間同士、通じる部分がかなりあることがわかりました。
帰るころには、そんなアジズの暮らす国、モロッコを旅するだけでなく、暮らしてみたいと思うようになりました。そして、日本にいらっしゃるパネリストの皆様がそんなふうに日本のことを思ってもらえるよう、これからもホストファミリーとしてお手伝いさせていただければと考えております。ありがとうございました。

福岡ホストファミリーMさん【2009年メキシコのエイイチ、ポーランドのマリア受け入れ】

「JRPの活動に参加させていただいて」

 私は国際交流が大好きです!!
なぜなら、メディアや観光旅行で知り得る一部の情報ではなく彼らの国や生活や考えについて生の声を聞くことができるからです。
 2006年、娘の高校を通してJRPの活動を知り迷うことなく引き受けさせていただき、今回は二回目の受け入れとなりました。
 メキシコからエイイチが、ポーランドからマリアが来てくれたのですが残念ながらどちらの国のこともよく知らず、また、社会人である彼らとどんな話をすればよいのか・・と不安を感じながらの受け入れでした。
 しかし、エイイチもマリアもとてもフレンドリーで自分の考えを積極的に話し、「日本についてどんなことでも知りたい」という意欲に刺激され、短い滞在にもかかわらず私たちはかなり長い時間話をしました。また、研修場所が私の職場から近いためにいつも集合・解散場所まで送迎していたりと、とても過保護なホストマザーでしたが、その分、彼らの楽しそうな表情に多く触れることができたりして…今思い返せば、私自身が一番、彼らとの生活を楽しんでいたような気がします。
JRPパネリストの方の共通する印象…それは彼らがとても礼儀正しく、美しい日本語を話すことです。大げさかもしれませんが、彼らのその真摯な姿勢が日本という国に敬意を表してくれているようで、私もその姿勢に対し真正面から向き合いたい、そして彼らの期待に応えたいと強く思うのです。
「日本に興味を持ってくれてありがとう」
「日本について私の知っていることを何でも教えたい」
その気持ちが“私は国際交流が大好きです”と言える理由なのかもしれません。
 日本人はおもてなしが好きですが、「部屋をきれいに片付けないといけない」「ごちそうをつくらないといけない」と頑張りすぎるのでもっと気軽に考えて一人でも多くの外国の方と接してほしいと思います。彼らの滞在が終わった今、私たちはパソコンのメールやサイトでつながっているので寂しさを感じないし、パソコンのおかげでさらに世界が小さくなり“世界はひとつ”だということを実感します。
このようなすばらしい交流の機会を作ってくださったJRPの方に深く感謝をし、今後もできる限り参加させていただきたいと思います。

東京ホストファミリーKさん[2009年アメリカのクリス受け入れ]

ホストファミリーを引き受けて

 まるでハワイが異動して来た様なさわやかな青年がびっくりする程大きな荷物と共にやって来ました。
 何だか昔からの知り合いの様な笑顔、さっそく花火見物に行ったのですが「きれいだった。花火は私の不安や心配まで 吹っとばしてくれた」とおしゃれな事を言うのです。彼には知らない日本語があるのだろうか、とさえ思いました。ハードスケジュールをこなして帰って来ても疲れを見せず、毎朝元気で出かけてゆく姿に、強いパワーと余裕さえ感じたものでした。どうしても食べたい料理を覚えて帰りたいと、ひじき、肉じゃが、親子丼作りを楽しみながら、日本語サミットに応募した理由と目的は、「温暖化した世界を助ける為の通訳として働くことで日本とアメリカの企業をつなぎ、協力しあうことで地球にやさしい技術の促進を手伝うことで自分の夢を実現出来ると思ったから」と聞かされた時は、胸を打たれる思いでした。
 真剣にひとつの目標に向かう若者が居る事を本当にうれしく心強く思いました。「それは誉めすぎ」と、クリスは笑う可も知れないけれど、全く、非の打ちどころのない青年でした。礼儀正しさ、言葉づかいの丁寧で正確な事、改めて言葉づかいの大切さを、教えられる思いがしたのです。
 クリスの夢が大勢の仲間と早く叶えられる様、願わずにいられません。私の大好きなハワイで、今頃、肉じゃが作りに悪戦苦闘しているのではとおもいつつ、家中で懐かしく思い出すこの頃です。
 ご紹介頂きました佐々木様、JRPの皆様、何かと行き届きましたご配慮をありがとうございました。益々のご活躍を、お祈り申し上げます。

東京ホストファミリーKさん[2008年ラトビアのダナ受け入れ]

ホストファミリーを引き受けて

 ダナが我が家に来て3日後突然風邪をひいてしまいました。声が出なくなる風邪でした。そこで私たちはダナにスピーチが迫っていたので、一刻も早く治そうと日本の風邪薬を飲まそうとしました。彼女はかたくなに断わりました。ここで初めて文化の違いを感じました。ラトビアでは蜂蜜とレモンを飲んで体を温めて風邪を治すのが常識のようでした。日本の蜂蜜とレモンを使いましたが一向に風邪は治りません。ダナが究極の選択ということで風邪薬を飲み、声が出るようになって解決しました。スピーチの前日でした。
 ダナは北東ヨーロッパのラトビア共和国の首都リガというところからきました。ラトビアはバルト三国に含まれ、ラトビア語を公用語としていますが、半数がロシア語を使っているそうです。ラトビアはロシア連邦と歴史的に対立してきました。彼女の一家はロシア系でラトビアに住むロシア人はラトビア人と潜在的な対立が起きていることを知りました。国内で民族対立が激しいことを聞き、日本ではないことだったのでとても驚きました。
 ダナは家に来てからすぐにラトビアのことをたくさん話してくれました。自分がラトビアのために何が出来るか意識していました。私はふと思いました。私は彼女のように自分の国を考えているか外国に紹介できるのかと不安になりました。日本人の中で、日本のことをきちんと理解して説明できる人は少ないと思います。そこで自分の国、日本のアイデンティティについて考えさせられました。
 ダナが我が家を離れて翌日予定されていたスピーチが行われました。15カ国16名のパネリストのスピーチです。我が家四人全員で参加しました。しかし、ダナは前日まで風邪をひいていましたので、うまく出来るか心配でした。前日は夜遅くまで私たちとリハーサルを重ね、練習通り無事スピーチが終わり肩を撫で下ろしました。21歳とは思えないほどのすばらしいスピーチでした。そして無事日本語サミットが終わったのでした。

学校ネットワーク

「日本語サミット」では毎年全国各地の学校に、ホスト校・協力校としてお世話になっております。

その翌年からは、“ニッポン代表パネリスト”の選出校、また、パネリストが留学生として日本に戻ってくる場合の“JRP OP奨学生受け入れ校”としてご協力・ご支援をいただきたいと願っております。

今後とも、ホスト校・協力校ネットワークの充実に努めて参りたいと思っておりますので、どうぞ宜しくお願い申し上げます。


日本語サミット協力校

【2010】
<福岡>
(学)純真学園純真高等学校、福岡大学付属若葉高等学校
<東京>千代田区立九段中等教育学校、世田谷区立尾山台中学校、世田谷区立砧中学校、世田谷区立八幡中学校

【2009】
(学)麻生塾、世田谷区立中学校、千代田区立九段中等教育学校、筑波大学付属駒場中・高等学校、安田学園中・高等学校

【2008】
<長崎>
長崎東高等学校、長崎西高等学校、長崎南高等学校、長崎北高等学校、長崎北陽高等学校、長崎工業高校、長崎総合科学大学、長崎総合科学大学付属高等学校
<北海道>
北海道札幌開成高等学校、北海道札幌清田高等学校、札幌大学
<東京>
千代田区立九段中等教育学校、筑波大学付属駒場中・高等学校、安田学園中・高等学校、
サンモールインターナショナルスクール、筑波大学付属高等学校、世田谷区立中学校のみなさん

【2007】
<ホスト校>
学校法人稲置学園[金沢星稜大学、星稜高等学校]
<石川>
金沢学院東高等学校、県立金沢西高等学校、県立金沢二水高等学校
<東京>
千代田区立九段中等教育学校、筑波大学付属駒場中・高等学校、安田学園中・高等学校、都立三田高等学校

【2006】
<東京>
千代田区立九段中等教育学校、筑波大学付属駒場中・高等学校、安田学園中・高等学校
<広島>
安田女子高等学校
<福岡>
福岡県立香住丘高等学校、福岡県立修猷館高等学校、福岡県立福岡高等学校
<大分>
立命館アジア太平洋大学(APU)

【2005】
愛知学院大学

【2004】
<兵庫県>
(学)関西学院、(学)啓明女学院
<東京>
筑波大学付属高等学校、筑波大学付属駒場中・高等学校、三田高等学校、淑徳巣鴨高等学校、飛鳥高等学校、竹早高等学校

【2003】
<岡山>
岡山学芸館高等学校
<宮崎>
宮崎日本大学高等学校
<宮城>
仙台育英学院・秀光中等教育学校、聖ウルスラ学院高等学校
<東京>
国際高等学校

【2002】
<宮崎>
日向学院高等学校
<広島>
広島国泰寺高等学校

【2001】
<宮崎>
宮崎商業高等学校
<埼玉>
(学)大宮開成高等学校
<青森>
青森山田高等学校、青森明の星高等学校、青森西高等学校、青森東高等学校、青森南高等学校、青森戸山高等学校、
青森中央高等学校、青森工業高等学校、青森商業高等学校、青森高等学校、東奥学園高等学校

【2000】
沖縄尚学中高等学校

【1999】
広島工業大学


お知らせ

立命館アジア太平洋大学(APU)とJRPは、相互の立場を尊重し、対等平等の立場から、教育、学術研究に関わる連携協力を促進し、日本と世界各国の架け橋となる人材育成とネットワーク構築に寄与するため、学術交流協定を結びました。