日本語から、人を育み、平和を育む。

役員一覧・沿革

役員一覧

会長 松尾 新吾 九州電力株式会社 代表取締役会長
副会長  長谷川 喜一郎 プラウドフットジャパン株式会社 代表取締役社長
理事長 池崎 美代子 ビジネス日本語協会[BNA]会長
理事 石橋 知子

ギャラリー・ニュートロン取締役

大塚 陸毅 東日本旅客鉄道株式会社 取締役会長
大歳 卓麻 日本アイ・ビー・エム株式会社 会長
小笠原 有輝子 株式会社ジャパンタイムズ 代表取締役社長
小野 清子 独立行政法人日本スポーツ振興センター 理事長
木瀬 照雄 TOTO株式会社代表取締役会長
古賀 信行 野村證券株式会社取締役執行役会長
斎藤 史郎 日本経済新聞社 専務取締役
塩崎 恭久 衆議院議員
羽田 雄一郎 参議院議員
ファラ 多津子 駐仏ジブチ共和国特命全権大使夫人
森 稔 森ビル株式会社代表取締役社長
森 隆一 株式会社電通 副社長執行役員
監事 佐々木 経世 イーソリューションズ株式会社代表取締役社長
顧問 浅尾 新一郎 独立行政法人国際交流基金 顧問
大橋 洋治 全日本空輸株式会社 取締役会長
小笠原 敏晶 株式会社ジャパンタイムズ 代表取締役会長
島津 久厚 学校法人学習院 名誉院長
羽田 孜 衆議院議員
波多野 敬雄 学校法人学習院 院長
ヒシャム バドル Permanent Representative Egypt to the  United Nations
福原 義春 株式会社資生堂 名誉会長
保利 耕輔 衆議院議員
茂木 友三郎 キッコーマン株式会社 代表取締役会長
安田 弘 JPモルガン・アセット・マネジメント株式会社 取締役相談役

平成22年4月14日現在(理事内定者含む)

JRPサポート国会議員の会 発起人16名の超党派国会議員連合2003年1月発足
会長:高村正彦衆議院議員
JRPサポート外交団の会 駐日外交団のメンバー2003年10月発足
会長:駐仏ジブチ共和国特命全権大使 ラシャド・ファラ大使

あゆみ

1990年頃 ボランティア活動を開始
1995年8月17日 民間のNGOとして正式に組織
1999年 日本語で平和について語り合うというプログラムを広島市において開催
2000年 「冒険と平和」日本語ジュニアサミット開催
2000年8月6日 祈念式典後はNHKの生番組に出演
2001年 「いのちと平和」日本語ジュニアサミットを開催
2002年 「地球市民と平和」ソウルにて、初の海外にて日本語ジュニアサミットを開催
2003年 新招聘企画「東京ジャパンリターンプログラム」を計画し、実施
2004年 設立10周年を機にNPO法人化
「日本語ジュニアサミット」と「東京ジャパンリターンプログラム」を統合し「日本語サミット(ジュニアの部、シニアの部)」とし東京と兵庫の2地域において開催
また、在日外交官を対象にした「若手外交官日本語ブラッシュアップ研修」を開始
2005年 愛知万博に「日本語サミット」を出展
2006年 福岡・東京での「日本語サミット」開催に加え、過去の日本語サミット参加者(オールドパネリスト)による「日本語日本文化・世界会議」をエジプト・カイロにて開催
2007年 日本語サミット期間中、オールドパネリストを対象とした日本語サミット・インターンシップ制度を導入
2008年 節目となる第10回目「日本語サミット」を長崎と東京にて開催
2009年 過去10回の「日本語サミット」を総括し、これまでに招聘したオールドパネリストから選抜した14名が日本企業でのインターン研修等を通じ、“日本語発のグローバルキーワード”を発見する「日本語サミット・ニッポン新発見塾」を開催
2010年 過去最高の延べ65カ国146名の応募者の中から12カ国12名のパネリストとニッポン・オランダ代表の1名の計13名を招聘し、第12回日本語サミット“勇気と平和”を福岡・東京にて開催

沿革

ジャパン・リターン・プログラム(JRP)は、かつて日本に滞在し、日本語をある程度修得した外国人青少年(11歳~19歳までの男女)の再来日をサポートし、3~4週間、日本の家庭に受け入れ、指定校における授業や行事に参加させ、同世代の日本人青少年との交流を通じて、日本語のブラッシュアップを図るプログラムとしてスタートしました。約5年のボランティア活動の後、1995年8月17日に実行委員会が発足し、民間のNGOとして正式に組織されました。2004年度には設立10周年を機に、組織を特定非営利活動法人化致しました。今後もなお一層活動の幅を広げ「日本語・日本の文化力による社会貢献活動」を推し進める努力をしてまいります。

1999年度は広島特別企画と称し国籍や人類の異なる同世代の若者が一同に会し日本語で平和について語り合うというプログラムを広島市において開催。この時は9ケ国20人の応募作文から5ケ国5名のパネリストが選ばれた。

2000年度は本委員会も5年目となり99年度の成果も踏まえたうえで「冒険と平和」というテーマで作文募集を行い、20ケ国108人の応募者から13か国13人のパネリストが選ばれ、沖縄・広島・東京における「JRP“冒険と平和”日本語ジュニアサミット」でそれぞれの思いを発信。8月6日の祈念式典後はNHKの生番組に出演し、日本語でのインタビューに対して意見を述べた。

2001年度は、初めて地方自治体として宮崎県・埼玉県・青森県のご支援を頂きながら、「いのちと平和」をテーマに日本語ジュニアサミットを開催。各地のホストファミリーや協力校のご協力のおかげで五週間の全日程を過ごし、その様子はNHK・チャンネルJ(国際交流基金の番組)・宮崎放送・青森朝日放送によって30分番組などに制作され、放送された。応募者は29ケ国120人にのぼり、難関を突破した10ケ国10名のパネリストは各地で親善大使の役割を十二分に果たした。同時に世界における若年の日本語学習者の広がりに心強いものがあった。

2002年度は「地球市民と平和」というテーマで、国内開催地として宮崎・広島・東京、また日韓交流年ということもあり、大韓民国のご協力を得て、初めてソウルで、海外初の日本語ジュニアサミットが開催された。また小泉内閣総理大臣、川口外務大臣、石原東京都知事・松形宮崎県知事・藤田広島県知事らから温かい励ましのメッセージを頂いた。本年は20カ国、これまで最多の136篇の作文応募の中から選ばれた10カ国10名のパネリストと開催県代表の高校生各1名、計13名は、受入れ協力校の家庭でのホームステイや授業参加を通して交流を深め、サミットでの意見発表に対する観客のアンケートでは感銘を受けたとの声が殆どだった。また動員数は2400人となりました。期間は7月1日からの39日間で、最終日には表敬訪問をした石原都知事から「君達のような人たちに是非東京に戻ってきていただきたい。JRPを大いに支援しますので何でも言ってきてください」との言葉を直接かけていただいたパネリストたちや実行委員会メンバーは大変感激した。結団式は外務省服部報道官、ソウルサミットのフェアウェルパーティーは寺田大使により開催していただくなど各パネリスト達が国際色あふれるパフォーマンスを披露し、御世話になったお礼の気持ちを表した。

2003年度は日本語ジュニアサミットのテーマを「ヒューマニティーと平和」として作文募集をするのに加え、大学・大学院生(27歳未満)を対象とする新招聘企画「東京ジャパンリターンプログラム」を計画し、実施。

2004年は、「日本語ジュニアサミット」と「日本語サミット」を統合して、「日本語サミット(ジュニアの部、シニアの部)」とし、ジュニアの部、シニアの部合わせて18ヶ国18名を招聘、6月14日から7月17日までの間、東京と兵庫の2地域において開催。世界各地に紛争の絶えない現在、テーマ“若者と平和”について“自分達のできること”を語り合うため、特別枠としてイラク、アフガニスタンのパネリストも招聘した。

また2004年から2005年にかけ、ODA対象国の在京公館に勤務する若手外交官を対象として、「若手外交官日本語ブラッシュアップ研修」を実施。彼らが、日本における職務をより円滑に遂行することができるよう、日本語実務運用能力、コミュニケーション能力の向上、日本理解の増進に重点をおいた研修内容といたしており、期間中には日本事情・文化理解を深めるためのプログラムも行った。

2005年は愛知万博に「日本語サミット」を出展した。ジュニア・シニアの部、合わせて16カ国16名に日本人パネリスト1名を加え、テーマ“愛と地球と平和”について考えを深め合い、意見発表やパネルディスカッションを行った。パネリスト達と日本の高校生・大学生が国境を越えた「地球大交流」を図ると同時に、なみの会メンバー(大使・公使・国会議員夫人親睦会)との茶道による交流プログラムも万博会場内お茶室で行った。

2006年は福岡と東京で「日本語サミット」を開催した。テーマを「平和-国と世界」とし、海外招聘パネリスト14カ国14名に加えニッポン人代表パネリスト2名が参加。
また、外交官日本語ブラッシュアップ研修においては、大使への日本語ブラッシュアップ研修も開始。日本人中学・高校生、企業の方を対象に、受講生による「自国紹介発表会」や「外交官日本語平和フォーラム」という成果発表の場も設けた。
さらに、オールドパネリスト(日本語サミット参加経験者)が“日本語で手をつなごう!世界とお友達ときょうだいと!!”というJRPメッセージを日本語で世界に発信するべく「日本語・日本文化世界会議」として2006年「第1回JRP日本語・日本文化世界会議inカイロ&JRPフェスティバルウィーク」を実施。

2007年は石川と東京で「日本語サミット」を開催した。テーマを「平和-民族の壁を越えて」とし、海外招聘パネリスト14カ国14名に加えニッポン人代表パネリスト2名が参加。協力校からは交流委員を募り、パネリスト来日前に交流委員と日本に滞在するオールドパネリストが「プレ日本語サミット」を実施した。
また、北京の優秀な日本語学習者と共にテーマ「平和―民族の壁を越えて」について考えを深める「第2回JRP日本語・日本文化世界会議in北京」も実施。期間中は、「アフレコ大会」「ジャパニーズ・クール・フェスティバル」「自主制作映画コンクール」という3つのイベントを行い、日本語・日本文化を通した交流を図った。

2008年は節目の第10回日本語サミットを長崎と東京にて開催。テーマは“ことばと平和”。13カ国13名の海外招聘パネリストに加え、ニッポン代表パネリスト2名が参加。期間中、G8北海道洞爺湖サミットの関連事業として、「JRP日本語サミット洞爺湖平和フォーラムin札幌」も実施。

2009年は過去10回の「日本語サミット」を総括し、これまでに招聘したオールドパネリストから選抜した14名が日本企業でのインターン研修等を通じ、日本独自のものづくりや企業文化に触れながら、世界に発信していきたい日本独自の価値観を伝える“日本語発のグローバルキーワード”を発見する「日本語サミット・ニッポン新発見塾」を開催。

J2010年は過去最高の延べ65カ国146名の応募者の中から12カ国12名のパネリストとニッポン・オランダ代表の1名を加え13名のパネリストを招聘し、第12回日本語サミット“勇気と平和”を福岡・東京にて開催“勇気と平和”をテーマに、長崎での平和学習、福岡・東京での「日本語サミット」を開催した。

JRP「日本語サミット」にはこれまでに、延べ176カ国200名のパネリストを招聘。